「たく、フツウ怪我人を縛り上げるか?」
文句を言いながら自室に戻りベッドへと体を投げ出す。
視線を天井に向けるとそのまま瞳を閉じた。
大将解任…別にその地位にこだわるつもりはないが…自分を慕う者達がいることは事実。
それを無視する事は出来ない。
珍しく真剣に悩んでいた俺の部屋の扉を乱暴に叩く音がした。
暫らく無視していたが扉を叩く音は鳴り止まない。
俺はしょうがなく軋む体を無理矢理起こして扉を開けると、見覚えのある女が立っていた。
「捲簾、今日の約束は?」
「…あー」
すっかり忘れていた。
相手は今日の夜、召し上がる予定だった女だ。
女はたいそう機嫌が悪い様子で金切り声を上げながら俺の所行を訴える。
うんざりしながらも女の言い分を適当に聞きながしていると、女は諦めた様に溜息を付いた。
「もういいわ!…でもせっかくここまで来たんだから、勿論入れてくれるんでしょう?」
女はしなだれかかる様に胸元へと顔を埋めてきた。
いつもならそう言ってしなだれかかってくる女の肩に手を回し、そのままコトに及ぶのだが、この時の俺の目にはその仕草がやけに不快に映った。
眉を寄せ女の肩を押し返すと、あっさり自分から引き剥がした。
「ワリーけど今日はその気ねぇわ。帰ってくれ。」
「え?」
突然の事に女は信じられないような顔で俺を見た。
その視線を受けても俺の態度は変わらない。
「はい、さようなら。」
そう言って女が何か言う前に扉を閉めると鍵をかけた。
暫らく扉の向こうで罵詈雑言叫んでいたようだが、それでも扉が開かないのを見ると苛立たしげに女はその場を立ち去った。
足音が遠ざかるのを確認してから扉を離れ、羽織っていた上着を椅子に向かって放り投げると再びベッドへ体を沈めた。
女が去ってから少しして俺の耳に奇妙な音が聞こえた。
音のする方向へ視線を向けると窓の下の方から小さな手が窓を叩いていた。
こんな事するのは…。
「か?」
驚きと確信をもって窓を開けた。
すると深夜というのにも関わらず窓の下でがにこにこ笑って手を振っていた。
「こんばんは、捲兄。」
「コンバンハ…って、んなトコでなにやってんだよ!仮にもここは西方軍の館で…」
飢えた男がいっぱいいる…とは言えなかった。
自分が筆頭だと言われるのが目に見えていたから。
そんなコトも露知らず、は開かれた窓枠につかまり軽々と部屋に上がってきた。
「あぶねーだろうが…」
「?何が?」
は俺の言葉に首を傾げ手にしていた荷物を広げた。
コイツは知らない。
自分がどれだけ男を狂わせる魅力を持っているのか…。
「そんで?歌姫サマが何の用で来たんだ?」
「捲兄の怪我の様子を見にきたの。」
「はぁ?」
「はい、怪我人はさっさと寝る!」
「は…い…」
の妙な気迫に圧倒され、素直にその言葉に従いベッドに横になった。
その様子に満足したはベッドの脇に腰掛けると、にんまり笑った。
「怪我の手当てしよう…と思ったんだけど…」
が包帯を片手に俺の体を眺めるが、残念ながら傷口という傷口はとっても優秀な副官サマが嫌味も込めて処置を施している為、手を加える部分は見当たらない。
「…もう終わってるね。」
しゅんと俯いてしまったがやけに可愛い。
しおらしいなんて滅多に見られるものじゃない。
そう思うと天蓬のしたことも悪くはない…な〜んて思ってしまった。
「…、手の包帯かえてくれるか?利き手側でやりずれえんだ。」
「うん!」
は嬉々として俺の右腕を取り、新しい包帯を巻きなおす。
「…上手いじゃん」
「まぁね…はい、おしまい。」
は包帯を結んでから側にあった椅子をベッド脇まで運び、そこへ腰掛けた。
特に何かする訳でもなく、ベッドに横になっている俺の顔をはじっと見つめていた。
俺は真っ直ぐなその眼差しがやけにくすぐったくなり、気を反らすべくに声をかけた。
「…お前、何で俺のとこ来たわけ?」
「天帝にケンカ売った殊勝な捲兄の顔を見に…。」
口調は茶化しているがの態度はそれとは裏腹に哀しげな様子だった。
「慰めに来てくれたのか?」
冗談めかして言った言葉にが思いがけない返事を返した。
「なぐさめて欲しいの?」
が妖艶ともとれる笑みを浮かべゆっくりと俺の方へ近付いてくる。
に限ってんなことあるわけない。
今なら冗談だと言って止める事は出来る。
しかし冷静な思考とは裏腹にが微笑みながら近付いてくるだけで、心臓が口から出そうになっている。
暴れん坊将軍とまで言われている俺が情けない。
実際の行為に期待しているのも事実だ。
俺は横になっていた半身を起こし、に向け手を伸ばした。
は俺の目の前までくるとその手を俺の頭に置いてとんでもない事をはじめた。
「………」
なでなでなで…と言うのがこの行為に正しい効果音だと思う。
俺は口を半分開けたまま目の前にいるを見る。
「……さん?これ…ナニ?」
「なぐさめてるの。」
は満面の笑み浮かべひたすら俺の頭をいい子いい子と言いながら撫でている。
激しい脱力感に追われ思わず肩を落とす。
何だか自分がとても穢れている気がした。
に限ってそんなコトはやはりなかった。
あの妖艶ともいえる微笑はきっと俺のやましー心がみせた幻覚だ…。
「…しょうがないなぁ、特別だよ。」
そんな俺の態度を落ちこんでいると勘違いしたのか、がベッドにあがり俺の頭を両手で抱える様に抱きしめた。
そして先程と同様に頭を撫で続ける。
「大丈夫。捲簾は何があっても捲簾だから…ね。」
そっとの背に両手を回そうとしたが、その手はの背に回ることなくそのままベッドの上に落ちた。
「…なんか気持ちいーから、暫らく抱いててくれ。」
「いいよ。」
愛しすぎて触れられないなんて事。
自分が結構意気地なしだなんて事。
初めて知った…そして自覚した。
俺はコイツに惚れたんだって事を…。
腕に抱いていた捲兄の重みを感じ、その体をゆっくりとベッドに横たえる。
思ってたより結構重かった。
両手をぶんぶんと振り回し腕の痺れをとった。
さすがに深夜の西方軍の館をうろつく勇気はないので、入ってきた時と同じように窓から帰ろうとすると、何かに洋服が引っ掛かって体が動かなかった。
視線を動かすと服の裾を捲兄がしっかりと掴んでいる。
「…おっきな子供だなぁ。」
何だか可笑しかった。
何時も大人な捲兄を腕に抱いた時、一瞬見せた少年のような顔が妙に可愛く見えた。
このまま寝顔を見ていたい気もするが金蝉に夜間外出がばれると厄介なので、捲兄を起こさないよう掴まれていた上着を脱いで窓へ向かった。
後ろを振り返り小さく声をかける。
「…今度…教えてね。」
自分のわからないところで何かが起き始めている。
そしてそれは大切な人達が関係している。
今はまだ教えてもらえない…自分は子供だから…。
それでも自分に出来る事をしたい。
窓から飛び降り側にあった小枝で何とか窓を閉めると、冷たい風が吹く中、満月に向かって背伸びをしてからゆっくり走り始めた。
月の位置から時間は深夜になっていると思われる。
「うー金蝉…寝てますようにぃ…」
小さな願いを込めつつ月明かりを頼りに一心不乱に自分の部屋のある金蝉の館へ向けて走って行った。
捲兄は・・・元気ですね(笑)
この頃は桃源郷の話も書いてたので、悟浄と捲兄の口調がたまに混ざって困りました(本っ当に!)
修行が足りませんね(TT)若干偽者なのはご了承下さい。
この話は呆気にとられ、動揺する捲兄が書きたかったんです・・・が、中々難しくてちょっと不発?
『慰める』をアダルトに考えた捲兄ががっくり肩を落とし、呆気にとられる。
抱きしめようとするけど触れられない・・・そんな可愛い捲兄があっても良いんじゃないでしょうか(力説)
私こんな捲兄が大好きです(笑)
さて、二人は思ったより元気でしたね?
そろそろ金蝉のカミナリが落ちそうです。ばれない内に大急ぎで部屋に帰りましょう!